岡本敏子さんの訃報

今日学校に着くと、友人がいくつかのニュースを教えてくれた。

一つは、敏子さんが亡くなっていたこと。(以下Yahoo!ニュースから↓)


岡本太郎氏の養女、秘書として活躍…岡本敏子さん死去
 画家の故岡本太郎氏の養女で岡本太郎記念館館長の岡本敏子(おかもと・としこ)さんが20日、東京都港区南青山6の自宅で死去しているのが見つかった。79歳だった。告別式の日取りは未定。
 警視庁赤坂署によると、同日午前9時50分ごろ、自宅マンションを訪ねた同館の男性職員(78)が、浴室内で亡くなっているのを発見し、110番通報した。病死の可能性が高いという。
 大学時代に前衛画家の岡本太郎氏と出会い、半世紀にわたり秘書として創作活動を支え、後に養女となった。太郎氏が96年に亡くなると、岡本太郎記念現代芸術振興財団を設立、アトリエ兼自宅を記念館として公開した。近年の岡本太郎ブームで講演や本の執筆、テレビ出演で多忙な日々を送っていた。今月9日、川崎市岡本太郎美術館糸井重里さんらと岡本太郎を語るイベントに出席した時は、とても元気だったという。著書に「岡本太郎に乾杯」「奇跡」などがある。
(読売新聞) - 4月20日14時11分更新


まさかそんなはずはないだろうと思って、ネットで検索をしてみると、確かにそこには<訃報>の文字があった。
昨年、原宿のラフォーレで行われたイベント(上の記事にあるイベントは、このラフォーレでのイベントで敏子さんからさらに提案されたものだった)に私も参加したのだが、糸井重里氏や田島貴男氏らの対談の中、急遽駆けつけ飛び入り参加した敏子さんは、「次は川崎で!みなさん、もっともっと岡本太郎を広めましょう!!」とおっしゃって会場を沸かせていた。79歳だったということだが、数々のイベントなどに姿を現す彼女からは、疲れや衰えなどは一切見受けられなかったし、亡くなるなんて想像もつかなかった。私は今回の記事で改めて彼女の年齢を知り、本当に驚いている。そしてもうひとつ驚いたのは、敏子さんが、岡本太郎氏の「養女」だったということだ。恥ずかしながら、全く知らなかった。ずっと、太郎氏と敏子さんは「夫婦」だと思っていたのだ。大学のゼミ室では、学生の何人かが、「あの人亡くなったんだって。ほら、岡本太郎の奥さん。」と話していた。

http://www.1101.com/taro/

http://dazed.excite.co.jp/dazed_people/art/okamoto_toshiko/